勝又 一真 氏 テーマ:「つながる」

勝又 一真 氏 テーマ:「つながる」

日 時: 令和8年4月4日(土) AM6:00~7:00
会 場: なりた温泉
テーマ:「つながる」
講 師:一般社団法人 倫理研究所
    研究員
    勝又 一真 氏

勝又研究員の講話は、同行されている倫理研究所 中国事務所 所長 于 振忠(う しんちゅう)氏のご紹介及び本人のご挨拶から始まりました。

于氏は、高一の時に日中合作の映画を見て、その中の美人に惹かれ、日本語を学ぼうと思ったそうです。
そして大学時代に聞いた日本は、素晴らしい文化を持つ国ということでした。

地方の小さな都市で、日本で言う市役所の仕事をされていましたが、日本との交流を求めて北京の旅行会社に入社しました。
しかし、そこで見たバブル期の日本人旅行客は、横柄な態度を取る人が多かったそうです。
ある日、ペットボトルを投げつけられたことにより、日本人とは関わりたくないと感じ、会社に辞表を提出したとのことでした。
退職までに最後に残された仕事が、倫理研究所の緑化隊の案内の仕事でした。
この出会いが于氏にとって、運命の出会いとなりました。

砂嵐の中での植林の同行はかなりきつく、そしてパスポートの盗難といった、様々なトラブルにも見舞われたそうです。
今までの旅行者のように罵声を浴びるかと思ったのですが、当時の倫理研究所の方々は礼儀正しく、丸山理事長からの労いの言葉に心を打たれたとのことでした。
それから倫理に触れ、過去のモラルの低い日本人旅行者のことを忘れ、日本と触れ合って生きることを選んだそうです。
今は倫理を通して、日中友好活動に尽力されています。

勝又氏は、「つながる」ことの大事さについて語られました。

出身は鹿児島市で、ご両親も家庭倫理の会で学ばれていたそうです。
大学時代、保育士になることを夢見て上京し、一人暮らしとサークル活動など、充実した毎日を送られました。

ある日、突然母親から、離婚するという電話を受けて、家族が崩壊するという現実を知りました。
勝又氏は、逃げるという行動を選んでしまいました。
パチンコにはまり込んでしまい、負け続け、家が一棟立つくらいのお金を注ぎ込み、多額の借金を背負ってしまいました。

大学も辞め、借金取りからも逃げる毎日。
アパートを追い出される寸前の時に、最後のお金で母親に電話をかけ、仕送りを依頼しました。
勝又氏は、そのお金すら持って、パチンコ屋に行ってしまったそうです。
「これでお金を増やせば、生活を立て直せるかも知れない」
まさに、ギャンブル依存症でした。
たまたまその時、パチンコで勝ち、命を繋げたとのことでした。
妹と弟が、お金がない勝又氏に布団を買って届けてくれたのですが、自分が惨めで面会ができなかったそうです。
その後、母親に呼ばれて鹿児島に戻り、二人暮らしを始めますが、3年間に及ぶ引きこもりとなってしまいました。

母親は、当時、自堕落な生活を続ける勝又氏を、一度も責めたことはなかったそうです。
それどころか、「あなたはやればできる」と信じ続けてくれました。

勝又氏は、母親の愛があったからこそ、その後アルバイトに踏み出し、倫理研究所の青年弁論大会で全国大会に出場し、5,000人の前で話すに至りました。

緊張で目の前が真っ白になりながらも話し終え、観客席を見た時に見えたのは、涙を流す母親と、父親の姿でした。

その後、倫理研究所から声がかかり、今は研究員として活動をするに至っています。

勝又氏が社会復帰できたのは、母親との「つながり」があったからでした。

表面上のつながりではなく、そのつながりの質を上げること。
挨拶や倫理のセブンアクトを通して、周りの人たちと良いつながりを築くこと。

依存症を克服し、社会復帰を果たした実体験が、聴衆の心に響く講話となりました。